| 2006.11.7 ホームページの改定とブログの開設(予告) |
| 参議院議員松村龍二のホームページを見ていただき、ありがとうございます。 私は、2001年にホームページを開設して以来、そのときどきの政治情勢からどうしても発言しておかなければということについて記事を記してきました。とくに中国や韓国等近隣諸国とのつきあいや、靖国神社参拝問題等について記したものが多かったと思います。私は慎重にものごとを考え、後悔しないように行動することをモットーとしていますので、今振り返ってみても、訂正を必要とする記事はなかったように考えます。 しかし、世の中はますますめまぐるしく動き、また、あらゆる分野のことに政治がかかわってきています。これまでの私のホームページも、もう少し機敏に反応するものに改めることが必要かと思います。また、多くの国民、県民の方のご意見をいただき、広い情報と視野で政策をかたち造っていくことが大事かと思います。 このような視点から、近くホームページの体裁を一新し、機動力に富み、双方向性のあるブログを開設いたしたいと考えております。 どうかよろしくお願いいたします。 |
| 2006.9.15 港湾視察に思う |
|
今週は日本の港湾の実態を掌握するため、名古屋・神戸・大阪の港湾を視察しました。すでに昨年東京港と横浜港を視察し、巨大な物流の現実に触れてはいましたが、「百聞は一見にしかず」のことわざどおり、今回の視察は非常にためになりました。 東京湾・名古屋湾・大阪湾・博多湾などのスーパー中枢港の整備を拡充し、シンガポール・香港・上海・釜山などのアジアの巨大港に負けるなという要請がある一方で、日本海側の港でアジアの巨大港と往来する貨物が増えているところから、これらの港の整備を急ごうという声も強いものがあります。 今、貨物の大部分はコンテナで運ばれていますが、大きい船になると1万個ものコンテナを搭載して港に入ってきます。それが入港後一昼夜もかからない時間で、荷の積み下ろし、積み入れを終えてしまうという時代に入りつつあります。コンピュータ制御と熟練労働者の技術という両者の力によって、驚異的な荷さばきが可能になっているのです。 私は今年、釜山新港・青島新港・大連新港も視察し、アジアの物流のありさまを直接目の当たりにして、その巨大さに驚いてきました。なかでも中国は、急激な経済成長の下、オリンピックの開催に向けて急ピッチでインフラの整備を進めており、その熱意は港湾にも及んでいるとの実感を持ちました。一方、日本の港は倉庫や工場なども併設されているといった利点があり、日本経済の底力も感じさせてくれます。 昨年11月に国土交通副大臣をおおせつかって以来、在任期間は1年弱ではありましたが、まもなく新政権の樹立とともに後任者に席を譲ることになります。しかし、今回の視察を通して、今後とも日本の発展と物流の整備に力を尽くしていきたいものだと、改めて感じた次第です。 |
| 2006.6.29 通常国会終了。さあ、参院選へ |
|
150日続いた国会も終わりました。正直、ほっとしています。 自民党は、9月の総裁選挙で小泉総裁の後任を選ぼうとしています。小泉さんは、郵政民営化の実現を公約に掲げ、5年間総理大臣としてがんばってこられました。小泉内閣が誕生したころは、日本は深刻な不況の底からはいあがれないのではないかという一種の絶望感が国内にみなぎっていたように思います。 小泉総理は「官から民へ」「中央から地方へ」「改革なくして成長なし」等の言葉を駆使して世論を盛り上げ、民間の自主的な底力を引き出し、また政治家、役人の緊張感をうまく持続させ、今日の一休み状況を生み出しました。いろいろと批判はされますが、その労をねぎらいたいと思います。 次の総裁は誰なのか、マスコミが言うように安倍さんなのかどうか私には分かりません。しかし、次の総裁は、小泉さんが成果の陰で副産物として生み出したと言われる格差問題や、財政再建、新しい経済の活性化、地方への対応、アジア外交、米軍再編に伴う基地問題の解決などに、休む間もなく取り組む、超多忙の日々を過ごされることでしょう。 私はそうしたなかで、来年夏、参議院選挙に臨みます。「ふくい一筋」をスローガンに掲げながら、11年間走ってきました。少しずつ政治の手法を身につけてきたところで問題を解決する力も少しはついたかなと思いながら、日々充実した政治活動を東京で、福井で送っています。 そして今、間もなくできる自民党のマニフェスト(公約)の下、県民とともに現在の課題と未来について語り合いたいと思っています。 |
| 2006.4.21 孫に指摘され、答弁スタイルを再考 |
|
国土交通副大臣に就任したことで、衆議院・参議院の各種委員会で答弁する機会が増えました。先日、参議院の予算委員会で答弁した際の録画映像を、春休みで北陸まで遊びに来ていた孫に見せたところ、思いもよらない反応を示しました。私は外出中でしたが、この4月から小学1年生になった孫は、妻と次のような会話を交わしたそうです。 「ああ、じいじいが読んでいるよ」と孫。妻が「何?」と聞き返したところ、「この人、読んでないよ」と孫が画面の中で指した人は、小泉総理だったそうです。さらに祖父である私を再び指して「あっ、まだ読んでるよ」と言ったというのです。 国会答弁の場で、議員は関係省庁が準備した答弁資料を読むことが多いものです。答弁は正確を期する必要があり、重要な案件については大臣と相談の上行っているので、即興で行うわけにはいきません。どうしても、各種データを蓄積している省庁の力を借りることになります。そのこと自体は悪いことではありませんが、その資料を完全に自分のものにして答弁することと、一字一句目がメモにくぎづけになって読むことの差はあります。6歳の子どもにそのことを指摘され、私は苦笑せざるを得ませんでした。 私としては、深夜までかかって答弁資料を作成してくれている担当者の苦労を承知しているので、その苦労を尊重する気持ちもあって与えられたメモを読んでいたのですが、孫のキビシイ一撃をくらって、態度変更の決意を余儀なくされました。 深刻なご時世に孫の自慢話のようで恐縮ですが、今回の報告といたします。 |
| 2006.4.3 韓国語にチャレンジ |
|
3月27日、参議院本会議で2006年度の予算案が可決・成立しました。国会議員にとっては80兆円もの年度予算を可決させることは大きな仕事ですので、ほっとしています。引き続き重要法案である「行政改革法案」の審査がはじまりました。 私も今年は国土交通省の副大臣を務めていますので、例年と違った緊張感で日々を過ごしています。姉歯元建築士による耐震偽造問題は直接担当していませんが、交通機関の安全問題も間違いがあってはならない仕事です。大臣に代わって委員会で答弁したり、官邸での会議に出席するなど、新しい仕事も増えてきました。 さて、そうした中で、私はいつもと違うことにチャレンジしています。それは韓国語の勉強です。今年の1月に釜山を訪問した際、十数年前に覚えた「アンニョンハシムニカ(こんにちは)」と「カムサハムニダ(ありがとう)」しか話せないのを寂しく感じ、それなら国会会期中に毎日5個の言葉を覚えれば、会期が終わるころには千個の日常語ぐらいは覚えられるだろうと思い立ったのがきっかけです。 早速CD付きの参考書を3冊ばかり買い込み、まずハングル文字を覚えてぼつぼつやっていますが、始めてみて驚いたのは、日本語と同じ発音の単語が多いことです。道路は「トロ」と言います。高速道路は「コウソクトロ」、有料道路は「ユウリョトロ」です。新聞は「シンムン」、新聞記事は「シンムンキサ」、新聞記者は「シンムンキチヤ」。疑問文は「……カ?」ですし、肯定文は「……ダ」です。 知らない方には驚きでしょうが、本当のことです。私も毎日が新発見の連続で、こうした類似性から、否が応でも2000年前の両国の関係に思いを馳せずにはいられません。 こうして皆さんに宣言して韓国語の勉強を始めた以上、途中でやめるわけにもいかないですから、会期末までの後3ヵ月間、仕事のかたわら、新しい隣国の言葉に親しんでみます。 |
| 2006.1.30 隣国と良好な関係を |
|
「靖国問題もあって、どうも中国や韓国には親しい感情がわかないですね」。とある国会議員が私に本会議席で語りかけて来ましたので、私は次のような話をしました。 「日本と一衣帯水の距離にある両国とは、仲良くすべきだと思いますよ。私は昭和50年代にタイの日本大使館に勤めていたのですが、諸外国とのおつきあいの中で、ふと考えたことがあります。 仮にジャンボ・ジェット機のような大型飛行機に、世界各国から一人ずつ乗り込んだと想像してみましょう。その飛行機が砂漠の真ん中に不時着し、助けを求めて乗客全員が動き出したとき、それぞれの乗客は同じ飛行機に乗り合わせた誰に助けを求め、共同して働くでしょうか。日本人はどうでしょう。 皮膚の色が違って昔からなじみの少ない、アフリカの人ではないでしょう。個人差もあるかもしれませんが、言葉の通じないヨーロッパ諸国の人でもないでしょう。では、日本人にとって親しみ深いアメリカ人かといえば、こちらが親近感を持っていても、いざとなればアメリカ人はヨーロッパの人々との共同行動を優先するのではないでしょうか。このように消去法で考えていくと、隣の韓国人は肌の色も髪の毛の色も一緒、先祖も二千年前までさかのぼれば同根の部分があり、文化も近い。自然と韓国の人と行動を共にすることになるのではないでしょうか」 私の結論は、独断のそしりを受けるかもしれませんが、我々は韓国との友好を促進すべきではないかと思うのです。 「そのように考えたことはありませんでしたが、そう言われると、確かにそうですね」。同僚議員はうなずきました。 さらに話を進めて、それでは中国人はどうでしょうか。日本人や韓国人と中国人は一見姿・形は同じであるけれども、ちょっと違う感じがいたします。あのように広大な国に住む中国人は、本来は家族の結合しか信頼を寄せる拠り所がないという民族でしょう。従って中国人とは家族的関係を築けばすべてがうまくいくし、そうでなければよそよそしい他人となってしまうのではないでしょうか。歴史問題で日本人を恨んでいれば不時着のときに助け合おうとはしないでしょうし、日本に敵対感情を持つ人と日本人も共同行動はとれないでしょう。 お隣さんと良好な関係が築けない人が町中の名士になれないのは、日常の生活で経験することです。「不時着!」に備えて、隣国とは仲良くしたいものです。 |
| 2005.12.28 平成17年の年末にあたって |
|
今年の前半は通常国会が続き、後半は突然の郵政解散で、党を挙げて衆議院選挙を戦いました。結果は、小泉内閣総理大臣の改革路線が国民の共感を勝ちとり、自民党の圧勝で終わりました。 この背景には、多額の国債残高を心配する国民の、政治に対する真摯で厳しい意識があったものと思っています。その後の特別国会は、50日余で郵政民営化法を可決いたしました。 私は小泉第3次内閣で国土交通副大臣に任命され、休みなしの1年でしたが、健康にも恵まれ、充実の1年であったとも感謝しています。国土交通省は6万4千人の職員で国土の社会資本整備を行い、気象、観光振興、海上保安等、きわめて幅広い仕事をしています。姉歯建築設計事務所の建造計算書偽造事件や、鉄道・航空機等の交通の安全にも気を配らなければなりません。 来年もしっかり国民の負託に応えられるよう、がんばります。 |
| 2005.8.23 英霊の犠牲の礎の上に戦後の日本の平和…… |
|
8月15日の終戦記念日に武道館で戦没者慰霊祭が行われ、各地では遺族会の行事が催されました。今年は戦後60周年であることもあって、「靖国神社」に焦点をあてたテレビ番組も放映されました。慰霊行事の際に、内閣総理大臣をはじめ多くの方々が度々述べる言葉に、「先の大戦で心ならずも犠牲になった英霊の礎の上に、戦後の日本の平和と繁栄がもたらされていることに感謝しなければならない…」があります。この言葉が意味することを私なりに考えてみました。 1 日本が戦った満州事変以降の戦争は、侵略戦争であったのかどうか。これについては多くの議論があります。その結論がどうであれ、それによって中国をはじめアジア各国の国民に多大な犠牲者を出した事実については、正当化することも弁解することも出来ません。日本国民は、たとえ戦争にかかわらなかった世代であっても、それらの国々に対して申し訳ないという気持ちを未来永劫にわたって持ち続けなければならないと思います。 しかし、もし先の戦争において日本が100%悪かったとすれば、たとえ召集されたとは言え、戦争に参加した日本人は全員悪人であったということになります。 2 日本が19世紀半ばに明治維新で開国して世界に登場したとき、アジアは欧米列国の植民地支配の嵐のただ中にありました。日露戦争、日清戦争を経て、世界の列強の仲間入りをして一等国として肩を並べた後、中国や朝鮮に進出せずに、現代の基準の正義感にかなう律しかたで国のあり方を律したとしても、以後の100年間を無事平和に過ごし得たかと言えば、それを誰も保証することは出来ないでしょう。歴史に「もし」という仮定は許されませんが、アメリカの巨大な戦いのエネルギーが、日本のこれまた巨大な戦いのエネルギーと衝突しないで済んだとは思えないのです。 3 アメリカは建国以来、独立戦争、インディアン放逐、メキシコとの戦争を経て、日本との戦争の後は、朝鮮戦争、ベトナム戦争、さらにイラクとの戦争と続け、巨大な戦いのエネルギーを発散しながらやってきた国です。このことを振り返るとき、日本とアメリカとの衝突が歴史の必然であったのではないかとさえ思えてくるのです。 4 日本軍の戦いは、中国においても、アジア太平洋地域においても精一杯の戦いでした。時には物資の大差や、必要物資の補給や整備にあたる兵站(へいたん)を無視した戦いで、いま考えると、非科学的・不合理な戦いをよくやったものだとあきれる思いを抱きます。そのあげくに、日本国内の各都市に焼夷弾のじゅうたん爆撃や原爆の投下を受け、民間人にも多大な犠牲者を出し、最後には戦闘行為としては例のない特攻隊攻撃の無謀な戦いを敢行しました。 5 私は、先の戦争において、日米両国が総力をあげて巨大な戦争のエネルギーを出しつくしたことが、その後の日米間では60年経っても100年経っても戦争にはならない状況を生み出したのではないかとも考えます。それが、冒頭で述べた「英霊の多大な犠牲者の礎の上に戦後の平和と繁栄がある」という意味なのではないかと分析する次第です。 6 私の分析は、日本が行った戦争が、一部の右翼の方が言うような「聖戦」であったという意味ではありませんし、また、あの戦争が侵略戦争であったという意味とも異なっています。 7 しかし重ねて、中国をはじめとするアジア各国の犠牲者に対しては、深甚なる謝罪の気持ちを表明したいと思います。 8 先日、テレビで日中の識者と報道関係者との対談を放映していましたが、日本の評論家が、「日本の自衛隊が軍隊として外国と交戦することはありません。少なくとも4、5年はないと断言いたします」と話していましたが、戦争のエネルギーを消滅させたとは言え、平和な時代であるからこそ、常日頃からの不断の国民の努力が必要であると改めて痛感しました。 |
| 2005.8.5 自民党交通安全対策特別委員会 |
|
私は、昨夏、自民党の役員人事によって、「交通安全対策特別委員会」の委員長に任命されました。 もともとこのポストは、道路上の自動車や歩行者が関係する交通事故対策のために設けられた委員会ですが、交通事故による死亡者が7千人台にまで減少した現在では、役所の予算確保などに目を光らせる程度の役割をになう委員会かと考えておりました。 ところが、最近の航空機をめぐるさまざまな小事故や、4月に発生したJR西日本福知山線の死者109人の被害者を出す大規模な事故の発生によって、「交通安全」は、道路上の交通事故にとどまらず、空路や鉄道をも含めた視点から、非常に重要であることを再認識させられました。 そこで、私はこの特別委員会を7月、8月につづけて各月1回ずつ開催して、同憂の議員と一緒に勉強する機会をもちました。 さらに、今後、重要事故が発生した際には、原因追及のために自ら現場に足を運ぼうと考えています。 役所のセクショナリズムを超えて、交通安全を政治的にどう扱うかという問題意識で、この委員会の運営にあたっていく必要があると痛感しています。 |
| 2005.7.21「人」欄で大きく紹介されました |
|
今年(平成17年)7月で、政治生活10年を迎えた私ですが、先日、その10年間を総括するような記事が、ある新聞の「人」欄で掲載されました。大阪を中心にした旬刊の地方紙ですが歴史は古く、私を紹介してくれた新聞は5271号(6月30日付)でした。北陸新幹線の延伸をはじめ福井県の地域振興に努力し、原子力発電所の安全など関西地方とも密接な関係を持つ参議院議員として、注目されたようです。 記事は私にとって面映いような面もありますが、私の10年間や政治信条などを簡明に記述してくれていますので、皆さんにも読んでいただきたいと考え、少し長文ですが、ご紹介します。 地味だが政策通 力つけたこの10年 まもなく参議院に登場して10年を迎える。いまは自民党総務会の2年生総務でベテラン議員に交じって鋭い発言をし存在感を増している。松村議員は平成15年イラク特措法を強行採決の際、参議院外交防衛委員会委員長として、野党女性議員がハイヒール姿で机の上に飛び上がるなか与党大仁田議員らに守られ委員長の任務を果たした姿がテレビで放映された。 その後は司法改革の法案をたくさん抱えるなか2年続けて法務委員会筆頭理事を務め裁判員制度の実現や刑務所改革、会社法の制定などをたんたんとこなしている。 松村議員は、福井県全県を選挙地盤としている。10年前に当選して以来、同氏は「福井ひとすじ」をスローガンに金帰月来を実行し、世情を視察し、県民の意見に耳を傾けて来た。 北陸新幹線の福井までの延伸に県民の先頭に立ち、昨年暮れ県民の団結のなかそれを果たした。米どころの農業問題、越前がに漁場から韓国漁船を排除する漁業問題に実績をあげたほか、福井県はなんといっても原子力発電所立地地帯であるので、原発の安全のための2法の成立、地域振興のための特措法の成立にも大きく寄与してきた。そして昨年の関西電力美浜発電所の事故の際にも自民党幹部と真っ先に現場に急行した。 本来30年の治安官僚のあとの国会転出であるので、各種公共事業や経済問題は未開の分野の仕事であったが、持ち前の粘り強さで県民の付託にこたえようと日々努力している。 また、中央の問題では社会不安の種であったストーカー問題に対し議員立法の中心となりストーカー規制法を成立させた。 今年7期務めたあと降りたが、自民党県連会長に当選後3年して就任した後は、衆・参両院議員選挙や知事選挙の度に旗ふり役をつとめ、衆参議席5議席全部を自民党で独占させるなど負け知らずの結果になったことは、同氏の政治姿勢に県民が全幅の信頼を寄せてきたことを示しているとも言えよう。 松村議員に政治姿勢を尋ねると「幼いときから、父から真理に従えと口を酸っぱく教え込まれたので、筋のとおらないことはしない。公私をわきまえるという姿勢が県民から信頼されているのでしょうか」との答えである。 本人の一番得意な分野は何かと尋ねると、それは文部政務次官を務めた文教分野でもなく、30年勤めた治安分野でもなく、実は日本の外交安全保障の分野であるとの意外な返事である。 父君が終戦まで中国・青島市で医師をしていた関係で、小学2年生まで外国にいたことやタイ大使館勤務で反日運動を経験したり、防衛庁で調査課長を勤めたこと、警察では拉致で世間に知られるようになった外事警察に長かったなどの経歴からうなづける話ではあるが、意外である。また同じく警察出身の亀井静香議員や平沢勝栄議員のようにタカ派かなと思うがこれまた意外と鳩派だという。 「私がイラクへの自衛隊派遣に批判的なのは、自衛隊が憲法との関係で、攻撃されてもその場で報復出来ないなど一人前の組織でない以上、背伸びをしてはいけない。まして思いつくまま津波災害のスマトラ島に1000人の自衛隊を派遣したりすることも中国はじめアジアの近隣諸国がどのような目で見ているかを意識したうえでなければならない」 また中国の反日デモについても、議員は中国の行き過ぎた愛国教育には批判的ながらも、日本軍があの期間、中国やフィリピンでどのような行為をしたかを、日本人から先に忘れることがあってはならない。日本は輸送路を断たれると生存を持続出来ない国であることはさきの大戦で嫌というほど学んだ以上、平和外交に徹しなければならない、と指摘する。 学生時代に安保反対デモが一番激しかった日に、国会周辺を歩いたり、歴史の前夜は必ず現場を見ることにしているという。こっそり奥さんとともに南京虐殺記念館を訪れ、自分の目で事実を確かめようとする姿勢は今も貫いている。 今回の小泉総理の郵政民営化問題に関して自民党郵政関連合同部会に日参してきたのも、これが総理の言う改革の本丸なのか、長年続いた日本的なうるわしいものを破壊するものか自分の目で確かめた後に行動するためであると言う。 裏山が関西一のスキー場である地の利から毎年冬にスキーを楽しみ、韓国テレビドラマをこよなく愛し、インターネットで囲碁(2段)をたしなむ趣味人でもある。 |
| 2005.7.14 WTO農業交渉 |
|
交渉はいまが大事な時期。こぞって支援しよう! 日本の米作農業にとって、いま行われているWTO(世界貿易機構)農業交渉の帰結は大変に重要なものです。 先日、農業団体の全国大会が開かれましたが、それに先立って北陸地区選出国会議員と農業団体代表者の会合が持たれました。 そのとき、ある議員から、農林水産省の説明が難解で、ひとりよがりである旨の発言があり、私はこれに対して次のように私の考えを述べました。 ◇ただいま行われているWTO農業交渉を、サッカーのワールドカップにたとえてみると分かりやすい。世界のサッカー大会の技術レベルは大変高く、素人が参加できる場ではない。同様に、世界の各国が自国の要求をぶつけあうWTO農業交渉も当然ながら高度・複雑になっている。日本の農林水産省、経済産業省、外務省のベテラン担当者が英知をしぼって、真面目に交渉しているのであるから温かく見守りたい。 ◇選手が世界レベルであっても、監督の采配と経験が勝敗を左右する。いわばジーコ監督の役割を農林水産大臣が行っていると言える。 ◇そのようなチームであっても国民の、また熱烈なサポーターの応援が不可欠である。先般、タイの無観客会場で北朝鮮と試合をした際、日本選手たちが試合後、「場外から聞こえてくるサポーターの応援が大変な力づけになった」と語っていたように農業交渉でも農業者なり農業団体、国民の支援・激励があればこそ、現場で交渉にあたる人たちも力づけられる。 ◇自民党農林議員と農業団体の役割は、ジーコ監督を支えるコーチの役割かチェアマンの役割を果たしていると言えるのではないだろうか。 私は福井県が米単作地であるところから、この10年、米作農業を応援しています。中国の米価は日本の5分の1、タイは実に10分の1です。こうした外国の安い米が国内の米作農業を脅かさない政策が大事であり、ミニマムアクセスと称して80万トンもの米を輸入させられている矛盾を早く解消することも必要です。 先日、貿易事業をしているある企業家から、中国のエネルギーがぶ飲みともいえる消費拡大に伴って原油価格が暴騰しているように、将来は食糧が暴騰する日が目に見えるという話を聞き、自国の農業を守る大切さを再認識しました。消費者の立場でみれば米価が安いことは歓迎ですが、同時に自国の食料安全保障も重要です。安い外国産米によって国内の米作農業が衰退すれば、いずれ大変な事態になるでしょう。 日本は平成12年、WTO農業交渉に日本案を提案しました。21世紀の世界全体の農政を見据え、世界的共通課題の解決を図ろうとするものですが、その中でも食料安全保障に配慮することや輸入国・輸出国の不公平を是正することなどが謳われています。 このWTO農業交渉は私たちの生存を守るものであり、いま、大事な交渉過程にあります。皆が気持ちを一つにして応援・支援しなければと思っています。 |
| 2005.7.5 外交辞令 |
|
外交辞令の効用を考えよう 「外交辞令」という言葉の意味を広辞苑で見ると、『相手に好感を持たせる、外交上・社交上の応対語』とあります。 最近、日本と中国、韓国等との付き合いがギスギスしているのを見るとき、私は、この外交辞令という言葉を知っていますかと、外務省・政府・マスメディアの一部の方に聞いてみたい衝動にかられます。 日本では子どもの教育でも、幼児のときはいざ知らず、親が子を褒めることは少ないように思います。学校でも先生が生徒を褒めることは欧米より少ないと指摘する人がいます。 社会人になれば、上司や得意先、隣人との付き合いで、お世辞を言って対人関係に気を遣うことは皆さん経験しておられるでしょうが、一般的に言って日本人は、その負けん気のせいか人を褒めることが苦手です。外国との関係では特に、相手を面と向かって褒めるゆとりを持たないのではないかと思っています。 このことが外交の場で大きな失点をつくっているのだと私は思いますし、指摘したいと思います。 平成14年に日中国交正常化30周年の記念行事が日中両国で行われた際、私も北京に行き、万里の長城付近の植樹祭にも参加いたしました。北京の人民大会堂では5千人の祝宴がもたれました。その際、日中両国代表の挨拶を聞きましたが、日本側代表、橋本龍太郎氏の挨拶がをなんとも歯がゆく聞こえたことを覚えています。 中国政府代表者は、日中国交正常化のために貢献した政治家、経済人として田中角栄氏(正常化当時の首相)、大平正芳氏(正常化当時の外相)、高碕達之助氏(正常化以前から日中貿易の促進に貢献)とひとりずつ名を挙げ、中国側の毛沢東元主席、周恩来元首相とともにこれら先人の力のおかげで今日があるという挨拶をしました。 私は聞いていて、日本人の名が挙げられる度に日本人として誇らしい気持ちになりました。 その中国側の挨拶に続いて行われた橋本氏の挨拶は、国交正常化を当然のこととして今日の日本が経済的にも優位にあるという、あまり内容のない挨拶でした。 中国側の挨拶は外交辞令の一種だったのかもわかりませんが、聞いている私の気持ちを動かすものでした。 相手を褒めたからといって、こちらの価値が下がるわけではありません。いくら親しくなっても、時には他人行儀な外交辞令を使って付き合うというゆとりを持ちたいものですし、国際的な付き合いでは特にそうしたことが大事になるのではないでしょうか。 |
| 2005.5.27 政治のこころ | |
|
日中関係の改善 小泉総理の靖国神社参拝問題をめぐり、日中関係がぎくしゃくしています。私はこのページで前回(4月28日、「中国で反日デモ 両国政府に注文する」)、日本側も謙虚でなければならないと書きましたが、その後いろいろの本を読んで、この時代のことをさらに勉強しています。 昭和12年から始まった日中戦争では、昭和20年の終戦までに日本の将兵が150万人、中国側は将兵と民間人合わせて2,100万人の犠牲を出しました。中国側の犠牲者数については、後の国家主席・江沢民氏が3,500万人だときめつけています。 あの時代背景のなかで、歴史上必然性があって日中戦争になったのだ、と弁解したい日本人もいると思いますが、中国国土でこの戦争が展開され、このような被害を出したことの重みは決して軽視できないものでしょう。 昭和39年に日本社会党の佐々木更三氏が毛沢東・共産党主席に会って、「過去の中国侵略を非常に申し訳なく思っています」と頭を下げると、「いいや、あなたがた皇軍が中国の大半を侵略しなかったら、中国人民は団結して、あなたがたに対抗することはできなかったし、中国共産党は政権を奪取することはできなかった。したがって、日本皇軍はわれわれにとって非常に優れた教員であったし、あなたがたの教員であった」と返事したという記述もあります。日中国交正常化が実現した当時の中国首相・周恩来氏も同様な考え方だったかもしれません。 しかし、今の中国政府の幹部は戦後世代の人たちで、観念的に日本の行動をとらえています。日本は、毛沢東・周恩来世代に甘えていたような訳にはいかないのです。 日本がアジアのリーダーとして行動したければ、やはり歴史をよく学び、十分に謙虚な対応をしなければならないと思います。 JR西日本の福知山線で発生した脱線事故は犠牲者が100余人に上りました。非常に痛ましい事故で、大変な事です。それと比較するわけには行きませんし時代も違うとはいえ、その1万5000倍もの日本兵、21万倍ないし35万倍の中国人が、この戦争の被害者として亡くなったことになるのです。 平和を実現することに勇気を持たねばならないと強く思う昨今です。
郵政民営化法と私のスタンス 金融業は、いわゆる街の高利貸しから銀行まで、人から預かった金を自身のリスク負担のもとで運用しています。「郵便貯金」が金融業なのかそうでないのかは議論のあるところですが、このような観点に立つと、民営化の議論には共感できる面もあります。また、有権者の話を聞くと、特定郵便局の局長が事実上世襲制であることに反感を持つ人が意外に多いことに気がつきます。 しかし、「だから賛成する」とは言えません。私は、今審議されている民営化法案の賛否を考える上で、自分なりに4つのハードルを設定しています。 この法案が成立した場合、 @自県内の特定郵便局がたちまち消滅していくものであれば賛成しない。 A340兆円の貯金及び簡易保険の残高が米国の金融商品に吸い取られてしまう心配があれば賛成できない。 B多額の日本政府の国債発行がスムーズにいかなくなることも大心配である。 C自民党の議論のなかでは、そもそも4つに分社化して成り立つのかという疑問が出されていた。私もそうした疑問を持っている。 私は、法案に対する修正等が十分にされて私のハードルがクリアされ、本当に国民のためになる法案になったと確信すれば賛成するし、そうでなければ賛成しかねるという考え方です。 今後の衆参両議院の審議を注目していくつもりでいます。 |
| 2005.4.28 中国で反日デモ 両国政府に注文する |
| 4月に入ってから中国各地で反日デモが行われ、日本大使館・領事館や日本料理店に投石などの器物損壊事件が繰り返されました。日本製品に対する不買運動の呼びかけも行われたそうです。日本政府は当然のことながら、中国政府に謝罪と賠償を求めました。町村外務大臣が即刻北京に飛び、中国外相と会談しましたが、中国側の謝罪はありませんでした。その理由として「デモは、日本政府の歴史認識の不足が中国青年を憤慨させて起きたもので、中国政府に一切の責任は無い」という主張でした。 しかし、4月下旬になると一転、中国政府は国民に無許可デモの自粛を呼びかけ、事態は幸い収束の方向に向かっているように見えます。日中の経済的結合は並々ならぬものとなっていますので、日本の経済界も早期解決を願っていたところです。 党内で発言、政府に注文 私は4月19日朝の自民党政務調査会外交部会と総務会で、この反日デモに関して、次のような意見を述べ、政府に注文しました。 「日本政府が公館の保護と在留邦人の安全を強く中国に求めることは当然であるし中国国内の行きすぎた愛国教育(反日教育)に抗議し中国を責めることもよい。ただ、中国が言う歴史認識の問題では、日本も謙虚に対応しないといけないのではないか。歴史認識についての信頼感が生まれないと、いつまでも中国に乗ぜられるのではないか」と。 私が言いたいことは、日本軍が中国で行い、いまも中国人から非難されている行為のうち事実については、忘れてはいけないということです。 昭和12年(今から約70年前)に発生した南京虐殺事件以降、日本軍が中国大陸内で行った侵略行為と中国人に対して行った残虐行為の数々を記録している、という中国国定教科書の中身がすべて真実かどうか、私には分かりません。 しかし、日本軍人が中国で数多い残虐行為をしたことは私も聞いて知っています。戦後、中国から復員した叔父(軍医)は、私に従軍当時の話をしてくれました。そのなかに「叔父が所属していた部隊が転戦するなかで、古参兵が新兵に対し、度胸づけと称して中国人捕虜を銃剣で刺し殺すよう強要した。そのときの残虐な風景は忘れられない」という話がありました。上官も見て見ぬふりをしていたそうです。中国人が見ているなかで、それが行われたこともあったということでした。私は当時まだ小学生でしたが、この話は今も忘れられません。 また、細菌・化学兵器の研究に当たっていた731部隊では、日本軍人が中国人の生体解剖を数多く行っていたと戦後暴露されました。その部隊で研究の実績を積んだ軍人軍属の中には、復員して日本の大学で麻酔科教授になり名声をはせた人がいるという話も聞きますが、私は事実であると思っています。 2例だけ挙げましたが、中国の青少年たちがこのようなことを教科書で教わり、また虐殺記念館などで見聞して、日本や日本人に憤怒の気持ちを持っているとき、加害者の立場にある日本人がこれらの事実を知らず、知ろうともしないというのでは、両国の友好関係は築きがたいと思います。 プライベートの南京旅行で知ったこと 私は、歴史の事実を知りたいと思い平成11年、南京の地をプライベートに訪ねました。いわゆる南京虐殺記念館も見学しました。南京事件については諸説ありますが、私はこの南京訪問で次のように実感しました。 日本軍が上海から連戦の後、南京を攻略した際に、敗走した国民党軍の兵士が軍服を脱ぎ捨て、市民にまぎれたであろう。そのような市内を制圧するために、いささか過激な軍事活動が行われ、一般市民も多数巻き添えにされたことは想像がつく。南京市民30万人が日本軍人に殺されたというのはオーバーであるにしても、こうした不幸な事実はあったであろう、というものです。 平成7年ごろから江沢民政権は、中国国内での権威を高めるために、外国(日本)の侵略から中国人を救ったのは中国共産党であるとの愛国教育を展開しました。学校教育を徹底的に行い、各地に記念館を増設しました。この政策によって、中国共産党に求心力を持たせることに成功したと思います。しかし、度が過ぎた感もあります。政治は社会主義、経済は資本主義という矛盾に加え、貧富の差が生じたため国民が政府非難の行動を始めるきっかけをつくっている、今回の反日デモはその引き金になる恐れさえある−とも指摘されています。 日本軍はなぜ残虐行為をしたのか 日本軍人の中国国内での蛮行は、今の日本人なら決してしないことであり、異常な時代に異常な雰囲気のなかで行われたことであると弁解する人がいます。私の見方は少し違います。 日本は 海洋中の島国なので隣国とのトラブルに巻き込まれることは少なく、特に江戸時代の250年間は平和を謳歌していました。19世紀に開国した時、世界は欧米列強の植民地化、弱肉強食の時代を迎えていたのです。欧米列強に負けてなるものかという緊張感と、戦争についての教科書は徳川以前の戦国時代ということで、世界の常識から外れた意識が育ち、それが中国での行動に走らせたのだと思っています。ヨーロッパは250年間もの戦乱を経験し、捕虜の優遇など戦争でのルールが出来ていましたが、残念ながら日本軍にそうしたルールは徹底されていませんでした。 とはいえ、被害を受けた中国人からすれば加害者を許せるものではないでしょうし、「申し訳がなかった」という態度が見えればまだしも、日本政府や日本人に反省の姿勢がない、あるいは無関心というふうに見えると怒りは収まらないのではないでしょうか。立場を置き換えてみれば、容易に理解できると思います。 小泉総理の靖国神社参拝を怒る中国 昭和47年、日中国交正常化が実現した際、中国の周恩来首相は「日本の中国侵略、残虐行為は日本国民の本意ではなかったでしょう。その国策をとった一握りの日本の軍国主義者がすべて悪かったのでしょう」という擬制(フィクション)でもって、日本に賠償も求めないという勇断をしました。さらに、極東軍事裁判で処刑された東條英機元首相らA級戦犯がその軍国主義者であるという擬制をしたのです。 中国が、歴代総理の靖国神社参拝に神経質となり問題にするのは、そのA級戦犯が合祀されているからです。中曽根元総理は在任中、二度と参拝せず、またA級戦犯の分祀を考えたそうですが成功しませんでした。 ところで「中国政府はA級戦犯に戦争責任をすべて負わせる」と言われると、それがフィクションとしての主張であるだけに、日本人としては従いにくい面があります。日本人全体に責任があったのに、A級戦犯14人にだけ責任を負わせることは出来ないという心理が働くのです。 そうなると、一体誰に先の大戦、中国への侵略の責任があったのかということが不明確になってきます。「そもそも日本人に責任はない」と思ってしまう人も出てくるでしょう。「あの戦争は中国への進出であって侵略ではなかった」と主張する人も出てきます。 そのような一部の言動から、日本人は、先の大戦に対する清算を行っていないという指摘を受けることになるのです。 日本の外交的立場 こうした私の考え方に、反発を感じられる方がおられるかもしれません。松村は自民党の中でも国粋的な人間だと思っていたのに、何と自虐的なことを言うやつだと思われ、憤慨される方があるかもしれません。 しかし、私は昭和49年、東南アジアで吹き荒れた反日の嵐のなか、タイ国日本大使館で反日運動の沈静化に努力したことがありますし、小学校低学年まで中国国内で育ったせいか、日中両国の友好の橋渡しになりたいという思いを持っているのです。 日本という国は、近隣の諸国と仲良くしないと生きて行けない国であるとも思っています。資源を持たない日本は、輸出入の貨物船がストップすればたちまち息の根が止まる国であることは、先の大戦でいやというほど学んだことなのです。 日本はアジアのなかで一歩抜きん出た優秀な国であると言う人がいます。このような優越感は間違っています。アジアの千年、二千年の歴史を振り返れば、気が付くことです。このような誤った優越感を持つことは、アジアのなかで生きる日本にとって、決してためにならないと考えております。 中国への注文 愛国教育は大事ですが、戦後の日本人が中国の発展を願って努力してきた数々のことについても、中国政府は国民に教えてほしいと思います。 「日本人が戦後、高崎達之助事務所を窓口に、中国の発展のために尽くした涙ぐましい多くの努力を知る自分は、日本人の戦前のマイナスは気にならない」−ある中国人が私に言った言葉です。 日本は中国に対するODA(政府開発援助)で3兆円の有償・無償の支援をしてきました。北京空港をはじめ多くの重要施設に日本の支援が入っています。そうした事実を、中国の青少年はどこまで知っているのでしょうか。 村山総理大臣の談話をはじめ、歴代の総理が中国や韓国に対してお詫びを表明してきました。天皇陛下は、終戦記念日に日本武道館で行われる戦没者慰霊祭などで、アジア各国に多大な損害を与えたというお言葉をたびたび述べられ、お詫びの意を表明されています。こうしたお言葉や歴代総理の真意、日本としての気持ちが、中国の国民に伝えられてこなかったのではないかと懸念します。 このような、贖罪の気持ちを込めた戦後日本の努力を、きちんと中国の青少年に伝えていただきたいのです。 過去を乗り越え、未来に生きる努力が中国にも求められていると考えています。 |
| 2005.2.28 長いかしの棒で、教室の児童を守ろう |
| 毎日、驚くばかりの犯罪発生が報道されています。なかでも学校で、包丁を持った男が児童や教師に危害を加えるといった事件が続発しました。犯罪者が何故そのような事件を起こすのかという考察と対策も必要ですが、
最後の砦として、教師が児童を守る訓練を重ねることが大切であると思っています。 刃物を持った犯罪者を制圧するとき、警察はピストルを使う前に警棒または警杖(長さ180センチくらいのかしの棒)を使用することになっています(私は30年間、治安機関に勤務しました)。 この警杖を、教室の黒板の上にでも常備し、いざというときに教師がこれを振り回すなどすれば、児童を守ることができるのではないかと考えています。教師が多少の訓練をすれば、使う要領はすぐ覚えられ、それほど難しいことではないはずです。 大阪・池田小学校の事件以来、私は自民党の治安対策特別委員会幹部として、党の部会で主張し文部科学省、警察庁の幹部にそのことを伝えてきました。最近は、こうした考え方が浸透して、現場での対策が講じられるようになり、先日も「さすまた」(Yの字型の制圧器具)の配備がテレビで報じられていました。 学校で自衛の措置を講じることは賛成ですが、ただ、警杖ではなく「さすまた」が準備されることに、私は不満を持っています。なぜならば、警杖と「さすまた」では使う上で大きな違いがあるからです。 「防犯訓練」と「実際の事件」では、心理的な圧迫感つまり恐怖感の差は非常に大きいものがあります。刃物をかざして迫ってくる相手に「さすまた」を突き出し、相手が身動きできないようにするのは容易でありません。普段、刃物に縁のない人だと、恐怖心が先に立ち、「さすまた」も放り出してしまうのがおちではないかと思います。 それに対して警杖は、相手を叩く、あるいは刃物を叩き落せばよいのです。恐怖心は同じでも、距離を保ちながらやみくもに振り回すほうが容易です。原始的な方法に聞こえるかもしれませんが、最も実際的であると私は信じています。 私は政治家として農業対策にも取り組んでいますが、最近、いのししの被害が問題になっています。全国の農地に現れて農作物を荒らし、農家は大いに困っているのです。これに対して網を張ったり、生け捕りにするといった対策が広く採られていますが、いのししを退治してしまおうという発想は少ないようです。第2次大戦で、 たくさんの方が亡くなったせいか、戦後の日本人は殺生を忌む気持ちが強いと思います。いのししをせん滅するといった気持ちが少ないのも、日本人の心がやさしくなったせいなのかもしれません。 児童を守るために、攻撃的な警杖ではなく、守備一方の「さすまた」を考えるのも、そのような日本人の潜在意識の表れなのかと考えさせられています。 悪を憎むために、また自分や児童たちを守るためには、積極的に犯罪者と戦う気概が必要です。それなくしては、日本の将来も危ういと危惧する昨今です。 学校を襲う凶悪事件に関連して、私の持論を述べてみました。 |
| 2005.1.13 年頭のごあいさつ |
| あけましておめでとうございます。 皆様ご壮健にて新年をお迎えのこととおよろこび申し上げます。 昨年は災害の多い年でしたが、ことしは平穏な年になることを皆様とともに願います。 通常国会はいよいよ1月21日から150日間の会期をスタートいたします。 まず災害対策費1兆3千億円を含む4兆7千億円の補正予算の審議をしてこれを採決いたします。次いで82兆円の平成17年度予算の審議に入り、関係法律や新たな法律条約の審議もいたします。 国会議員の本業はこれらの処理でありますので、私の所属する予算委員会で活動するほか、法務委員会で商法改正他の司法改革法案の可決を目指します。 このなかで小泉内閣は、郵政民営化等の法律をつくろうとしていますが、新法は真に国民の利益になるものでなくてはなりません。また、イラクへ派遣している自衛隊の安泰も、私の気になるところです。 私は「ふくい一筋」を政治モットーにしていますので、昨年の北陸新幹線問題のように福井に関連する課題には献身するつもりです。 ただ、福祉や犯罪、教育、環境さらには財政再建などの課題は全国民の未来の幸せを決めるものでありますので、私の政治活動のレシピに付け加えます。 本年も実行にあたっては、「誠実に決断、実行」「人生我以外皆我が師なり」の姿勢を貫きます。皆様のご指導ご鞭撻とご支援をお願いいたします。
|
| 2004.10.7 政治判断の基本方針 |
|
政治は、国際的な場面、国内の諸問題で難しい判断に迫られることが多いものです。 最近の問題では、イラクへの自衛隊派遣、日米安保はどうあるべきか、米国軍の再編にどう付き合うか。郵政3事業の民営化…といったことがあります。 私は物事を判断する際に、父親(政治的には無名の、市井の一町医者でしたが)から受けた教えを判断の基本指針としています。 まず徹底的に分析 その第1点は、分析を徹底的に行うことです。 父の口癖は、恩師の東大医学部真鍋内科教授から教わった問診の方法でした。「お腹が痛いという患者に対しては、お腹のどの部分が痛いのか、胃なのかそうでないのか、胃の上か下か横腹か。お腹の前面が痛いのかわき腹が痛いのか。次に、どのように痛むのか、キリキリ痛むのかシクシク痛むのか、鈍痛なのか。さらに、痛むのはいつか、食前なのか食後なのか、就寝前なのか、一日中なのか。そのような問診をして痛みの内容を徹底的に分析し、病気を診断していくことが大切だ」というものでした。 父は、このような問診をするだけで、それまで何軒もの医者めぐりをしてどうしても治らなかった胃痛の患者を、薬も与えないで治してしまった話をしてくれたことがあります。 問診をしたところ、その患者の生活パターンに原因があることが分かったというのです。その人は織物会社の工員で、田舎のことなので夕方帰宅するとすぐに畑仕事に行く。のどが渇くので、ヤカンのお茶をがぶ飲みする。日が暮れて帰宅するや空腹のため大食をするというものでした。 そこで父は、「工場から帰宅した際、一膳の茶漬けを食べてから畑仕事に行きなさい」と指導し、そのようにしたら、長年の胃痛が治ってしまったというのです。空腹のまま畑仕事に行き、大量の水分で胃液を薄め、その後に大食をすることが胃に大きな負担になっており、いくら胃薬を飲んでも治らなかったものが、生活パターンを変えただけで治ったというのです。 この、まず分析をせよという教訓は、政治の場に十分活用できると私は思っています。たとえば、今問題になっている「ミサイル防衛問題」です。兆単位の予算をつぎ込んで装備することが議論されていますが、じっくり分析する必要がある話だと思います。 「北朝鮮のミサイルは何を目標にしているのか、ただ漠然と日本全部ということではないだろう。米軍が自分の基地が目標になったら大変だ、米軍基地を守りたいということは想像に難くない。それで米軍の基地だけ守るのか、自衛隊の基地も守るのか。首都である東京も守るのか」という議論が出てきます。 東京だけで終わりはおかしい、関西はどうか、中京はどうか…となってきます。限られた地点だけなら1兆円の経費で済むが、日本中なら30兆円の経費がかかるという話も聞きます。そのような多額の金がかかるということになれば、財政再建が最重点の今の日本で、どうミサイル防衛に取り組むべきなのか、他の選択肢はないのか、いろいろ考えなければなりません。その上で、国益や国民の幸せを考える。政治判断には、こうした分析・検討の過程が必要だと思います。 一例を挙げましたが、マスコミ、言論界、政治家、国民一人ひとりが、それぞれの問題について冷徹な分析をすることが必要であると思いますし、私はそのことを強調したいのです。第2次世界大戦を振り返って、「日本軍人は、下士官以下兵卒は世界一流だが、将官はお粗末」と言われたように、大きな戦略ということになると、日本人はとかく分析を冷徹に行わない弱点が出てくるように思えるのです。 先人の価値基準を無視しないで 次に私は、父から「大きな問題に直面したとき、昔から続いている価値(基準)判断が100%間違っているという論証がされない限り、その価値判断に従うべきである」と教えられました。 その例として父は、親子の仲について、「親孝行をせよ」という価値基準の考え方を話してくれました。親が自分を勝手に生んだのだから、あるいは面倒を見てくれなかったから親孝行をする必要がないと言う人に対しての意見です。 父は、そういう人たちに「自分が親になって、自分の子どもを育てる立場になってもそう考えるか。親は子どもを大事にするゆとりがなかったのではないか。ともかく100%の結論が出るまでは、昔から言われている価値基準に従っておくほうがよい」という教訓でした。天皇制についても、例としてあげていました。 政治で「改革する」という言葉は聞こえがよいのですが、なんでもかんでも変えればよいというものではありません。今は改革ばやりですが、父の言葉を思い起こしながら、第一の冷徹な分析に基づく判断を加えて、私の政治判断の基準としています。 皆様のご教示を受けたいと思っています。 |
| 2004.9.7 福井県で相次いだ災害・事故、お見舞い申し上げます |
|
福井県にとって、今年7月と8月は厳しい月となりました。 7月18日には福井豪雨に襲われ、4名の死亡(1名が行方不明)、220世帯を超える全半壊、1万世帯以上の床上、床下浸水をはじめ、河川の決壊、農地の冠水など大きな被害が出ました。 市民、行政の復旧への努力で、大分回復はしましたが、まだ大きな傷跡を残しております。今後の抜本的な対策にも力を入れなければなりません。被害に遭われた方々に心からのお見舞いを申し上げます。 さらに8月9日には関西電力美浜発電所で、第3号機の2次系のパイプ破損事故が発生いたしました。下請け会社の方5名が死亡し、6名が負傷しました。放射線漏れはなかったというものの、事故を起こした重要箇所のパイプが何故チェックから漏れていたのか、会社の体質、下請けと会社の関係、国の原子力安全・保安院の責任など大きな問題が投げかけられた事故でした。 私は、この2つの災害事故について、自民党の調査団の一員として、また、地元議員として、すぐさま現場に足を運び、被害の実態と問題を掌握し、党内の会議に参加したほか、中央への陳情などに努めました。8月31日には福井県に激甚災害の指定を受けたところであり、今後とも議員としての役割をまっとうしたいと決意しています。 効率的なODAへ、中南米2カ国を視察しました ところで、8月17日から11日間にわたり、参議院のODA(政府海外開発援助)調査団の一員として、中南米2カ国へ行ってまいりました。 メキシコの首都メキシコシティの大気汚染事業への有償支援、ブラジルではサンパウロの洪水対策事業への有償支援、首都ブラジリア周辺の農村電化事業への有償支援を中心に視察調査してまいりました。各案件とも非常に大型の事業で、各国から歓迎されている案件と見受けました。 私たち参議院議員は、参議院改革の一環として、決算重視の立場を鮮明にする意味で「ODA費用の効率的運用」のチェックにも目を配っており、今回の視察はメキシコ、ブラジル両国に対する3案件を進める場合の効果を見極めることが目的でした。 日本が世界を相手に通商、交流をする際に、ODAなど日本の善意を見せることは大いに意義があることだと思います。メキシコ、ブラジル両国とも経済が伸長し、先進国の仲間入りしようとしている現在ですから、日本の支援の形は変わってくるものと思いますが、この視察で私は大きな示唆を受けました。 なお、この調査については、参議院のホームページで簡単に紹介されていますし、今後まとまった報告が委員会などにも提出されることと思いますが、とりあえずの報告といたします。 |
| 2004.6.21 第159回国会を終わって |
|
150日続いた通常国会も6月16日に閉会いたしました。 いよいよ地元の福井県に帰り、7月11日に行われる参議院議員通常選挙に向けて福井県選挙区候補山崎正昭氏と比例区自民党候補者の選挙運動に専念いたします。 私は常に、政務に全力で取り組んでおりますが、今国会は特によく働いたと自己採点し、充足感を抱いております。その第159回国会での活動をご報告いたします。 司法改革へ過去最多の20法案採決 1 委員会活動 法務委員会で与党理事として法案20本を審議・採決いたしました。過去の通常国会中に法務委員会で採決した法案は11本が最高だそうですから、今国会は並外れた審議実績といえます。 これには理由があります。政府は戦後の司法全体を振り返り、司法制度改革推進本部で2年余にわたって見直しを行っていましたが、そこでまとめられた法案が一度に送り込まれ、このような数になったわけです。 *一般国民が重大刑事事件の裁判に参加する裁判員制度 *困りごと相談所を国の力で開設する総合法律相談所(日本司法ネットワーク)制度 *労働審判所制度の創設 等々です。 参議院としては衆議院法務委員会より充実した審議をしようと委員会を25回開催しましたので、質問の準備に忙殺されるありさまでした。 また、大阪・仙台で地方公聴会を開催するなど多くの国民から意見を聞きました。 国民が後悔することのないように 2 総務活動 今期、私は自民党の重役会議ともいえる最高の意志決定機関である総務会のメンバーに選ばれていましたので、折りにふれ精一杯の発言をいたしました。 三位一体の予算に関して地方を充実するように主張し、環境にもやさしく地方が活性化する整備新幹線の開発についても所信を述べました。イラクへの自衛隊派遣や小泉総理が約束した7月からの多国籍軍への参加については、国民が後々後悔することにならないよう、政治家として自分の信念をはっきりと申し述べました。 福井駅着工、今後も推進へ努力します 3 整備新幹線の見直しを福井まで 新幹線の整備計画は東北の八戸まで、九州の新八代までが完成した時点で見直しを行うことになっていましたので、北陸新幹線をわが地元福井県まで延伸するよう、県知事はじめ県民の皆さんと呼応し、自民党整備新幹線特別委員会で同僚議員とともに頑張りました。 幸い福井駅の着工はじめ当初の目的を半ば達成したのですが、今後とも推進への努力を継続するよう決意するとともに、関係の方々に感謝もしているところです。 寸暇を割いて語り合い 4 福井県内の県民との意志疎通 多忙な国会でしたが週末は福井県に帰り、ふるさと勝山市で過ごすように努めました。県民の方々と語り合い、意志の疎通を図りたかったからです。県内各地のいろいろな行事や集まり、結婚披露宴などに出席した際、多くの方とお会いできて、有意義な話をお聞きできました。 その一方で、囲碁やスキーなど趣味のひととき、妻との裏山公園への散策などで英気を養うこともできました。 明るい将来の実現目指して 5 景気の動向・年金 私が一番気になったことは、県内の経済活動が順調にいっているか、雇用状況はどうなっているかということです。多少薄日がさすようになったと政府の統計では出てきていますが、残念ながらわが地元の町に回復感はまだまだおよんでいないと思います。一日も早く実感できるよう、一層の努力をしたいと考えています。 年金は現在もっともホットな政治課題です。自民党が呼びかけているように、野党民主党もいっしょになって社会保障全体を見直す良い時期になっているのではないかと思います。政府の負担を多くするには財源が必要です。消費税など間接税の増税も課題になると思います。 今の政府は合理的な改革を叫び、緊縮でチビチビしている面がありますが、外国への支援、ミサイル防衛といったことになると気前がよくなる感があります。今国会中、行政監視委員会で外務省と財務省の副大臣に、この点を指摘いたしました。 国会が終わった時点でとりあえずの報告といたします。 |
| 2004.5.19 信頼される「年金」の再構築に取り組みます |
|
国民の皆さんの年金に対する関心が、かつてないほど高まっています。 将来、安定した年金制度を維持するために、私たち自民党・政府は当面、基礎年金に対する国庫負担の割合を3分の1から2分の1に引き上げるための法案を提案しているほか、制度の抜本的な改革案として、年金の一元化を目指すことを与野党合意しました。老後の安定に直結する年金ですから、若い世代だけでなく、どなたも関心は大きいと思いますが、審議の過程で多くの国会議員の未納・未加入問題が明るみに出され、皆さんの関心は一層強くなりました。 私に関しましても、「未納・未加入期間はないのか」「年金の将来をどう考えているのか」「国会議員には説明責任があるのではないか」といったお尋ねが、たくさんの方から寄せられています。メディアからアンケート調査を求められることも少なくありません。 私は、国会議員であっても「年金の未納・未加入」は個人情報に属するものだと考えますが、一方では皆様方に不信感を払拭していただきたいという思いもありますので、私自身の年金加入状況と年金に関する考え方をご報告いたします。 ◇ 国民年金制度がスタートした昭和36年4月は、私が国家公務員(警察庁)として社会に出たときでもありました。その日から現在まで、年金の加入期間は一月も途切れておりません。社会保険庁に照会したわけではありませんが、手元の年金手帳には次のように記されています。もちろん、未納期間はありません。 ☆昭和36年4月〜平成4年3月 国家公務員共済年金、地方公務員共済年金(警視正になるまで) 国家公務員共済年金(警視正以降) ☆平成4年4月〜同年4月 国民年金(1か月間) ☆4年5月〜7年4月 厚生年金 ☆7年5月〜10年2月(60歳) 国民年金 ◇ 年金はじめ社会福祉制度の将来が大きな課題になったのは、少子化がますます進むためです。二年後の平成18年をピークに、わが国の人口は減少すると予測されています。四年前の2000年に現役世代3.9人で1人の高齢者を支えていた年金は2025年に2人で1人、2050年には1.5人で1人を支える事態が予測されており、私たちの子ども、孫のためには今、抜本的な改革をしなくてはならないのです。 現在、審議中の法案は、そのための一里塚であり、私は賛成しています。 ◇ 多くの国会議員に未納、未加入期間があったことが分って、皆さんに不信感を持たれる結果になりました。残念に思います。これまで、議員自身が年金に対して強い関心を持っていなかった結果ではないかと、同じ国会議員として反省もしている昨今です。 ただ、この未納・未加入で「閣僚や政党幹部は役職を辞任するべきだ」という意見には異論もあります。現在の制度には、勘違いや誤解を生じさせる複雑さがあることも事実なのです。 とはいっても、皆様の政治不信を招いたことは、私たち政治家にとって大変重要な問題であります。現在の事態を重く受け止め、本当に安心・信頼していただける社会福祉・保障制度を再構築するよう全力を尽くしたいと考えております。 |
| 2004.3.5 気がかりな公共事業削減のしわ寄せ |
|
ハーイ皆さま、ごぶさたいたしております。 ホームページの原稿を新しくするようにと温かいご指導指摘を受けながら、ついつい遅れてしまい、失礼しました。政治家の文章は、あとあと責任を生じる証文の意味がありますので慎重になるという面と、一時の人気を得るためのポピュリズムに堕してはいけないということもあって、ついつい筆が遅くなってしまう…と弁解させていただきます。 さて、本日は近況をご報告いたします。 1月20日に会期150日間の通常国会が始まりました。委員会や調査会があれば、これは本業でありますので最優先に出席いたしております。そのほか週日は、毎朝7時に起床して、8時から始まる自民党本部のいわゆる「部会」に出席いたします。国政全般にわたって、厚生労働部会とか国土交通部会など分野別の部会がありますので、自分が関心を持つ部会に出席して法案審査、作成、調査などに参加いたしております。鳥インフルエンザの発生といった重要事件の報告も、この部会で行われます。 私は整備新幹線特別委員会・電源立地推進調査会(原子力発電)・農林部会(こめ改革)・国土交通部会(高速道路の推進)など、地元・福井に関連するものはもちろん、参議院で自分が所属する委員会関係の部会、たとえば総務部会(地方自治)・外交部会・国防部会・文教科学部会・法務部会などに出席してまいりました。 しかし、最近は、経済関係部会(独占禁止法の改正)や厚生労働部会(公的介護)、環境部会(廃棄物処理)などにも意欲的に出席しています。時流をこれまで以上に幅広く捉え、生活福祉とも取り組みたいと考えてのことですが、これらの部会では権威ある大学教授や有識者から話が聞け、またその面で経験の深い同僚先輩議員たちの活発な議論を聞くことが出来るので、たちまちいっぱしの通(?)になったような気分。大変、勉強になります。 最近の例をひとつご紹介いたします。いま、自民党は重点政策推進委員会を立ち上げて、重要問題の総ざらえをしています。3月4日には、額賀政策調査会長はじめ党幹部がひな壇に座り、「社会保障の基本的考え方、機能・役割について」というテーマで千葉大学法経学部教授・広井良則氏、上智大学法学部教授・堀勝洋氏の講義を20分ずつ聞き、その後講師と議員の間で討論が行われました。 広井教授から、なぜこれまで日本の社会保障給付は低くて済んだのか/日本にはカイシャ・家族という見えない社会保障があった/公共事業が事実上「社会保障的機能」を果たしていた−という話がありましたので、私はこれに関連して次のような質問をいたしました。 「小泉内閣は改革断行の一環として、ここ数年公共事業削減を行い、従来比2割位カットされてきた。本年はさらに地方交付税の12%カットをしたため、市町村の財政は大変に逼迫している。公共事業費が前年の6割、5割というところもある。市町村長は従来、公共事業は地方における雇用の受け皿と認識していたが、いまや自分の公共団体の予算を無事編成するためにはそんなことを考えているゆとりがない。その結果、地方における中小建設業者の社長さんの顔も青ざめているが、いちばんしわ寄せを受ける末端の労働者は数も多いし、どうなっているのかと心配せざるを得ない。現に昨年夏、祭りで猛烈な意見を聞かされた。われわれ政治家は毎週地元に帰り、多くの県民にお会いしているけれども、苦境にあるそのような方に会う機会は少ない。失業した場合、失業保険を一定期間受給するとしても、その後すぐに生活保護受給とはならないのではないか。このような人たちの社会福祉について、どのように定量的に把握しているのか」。私が日ごろ気にしている問題です。 容易に解決できると言えないのは残念ですが、地道に一歩一歩、前進できればと願っています。その他の面でも時代の流れを前取りして、難しい問題にも意欲的に取り組みたいと考えているところです。 よろしくご指導のほどお願いいたします。 |
| 2003.12.3 「民主主義伝道」と自衛隊イラク派遣 |
|
11月30日にイラクのティクリットで、外務省職員の奥克彦参事官(45歳)と井ノ上正盛三等書記官(30歳)が何者かに攻撃され殉職、尊い命を奪われたことは、極めて痛ましい出来事であり、心からのご冥福をお祈りいたします。 さて、このたびイラク特措法により自衛官を派遣することについて、国内で賛成、慎重、反対といろいろな議論が行われています。政府も決断をしなければならない時間が迫られているようです。 これについて、政治家の一人として意見を表明することは当然であると思いますので、意見の一端を申し述べます。 自衛隊の存在のいびつさを改めることが必要 1 そもそも論として、日本も他国並みに自衛隊を普通の軍隊として、政府(国民)の意志によって動かす存在にしなければならないということは正論と思っています。 派遣するたびに法律が必要という存在では、事ある度に、タイミングを失すること甚だしい事態に追い込まれるのではないでしょうか。 自分の心を偽る行動は後悔の種になる 2 今回、アメリカが行ったイラクに対する戦争の大義について議論がされています。そのなかで「フセイン大統領は独裁者でイラク国民に圧政を強いてきた。イラク国民を圧政から解放しただけでも意味があった。イラクに民主主義を実現することに意義があった」との強力な見解が米国内にあるようです。 川口外務大臣も先の通常国会で、答弁の際に同様の発言をされていたと思います。 これについて私のささやかな経験と意見を申し述べます。 昭和50年代後半に防衛庁の課長をしていた当時、米政府高官と話をする機会がありました。その時、その人は次のように語り、私は「民主主義」という言葉に対する日米の理解の違いに驚きました。 その高官は「日本人が自由と民主主義の価値感を米国と共有していると言うのなら、ソ連(当時は共産主義体制)から自由主義国家側を守るために、日本が200海里シーレーンを守るのは当然だ」と言われたのです。「民主主義」を認めること即200海里防衛協力というのであります。 そこで私が知ったことは、米国人の民主主義はキリスト教プロテスタンティズムに導かれた理念であり、米国人にとって民主主義を広めることは善である。いわば宗教伝道の使命感にも似た価値観を持っているということでした。 一方、日本人は第二次大戦後、占領軍の米国から教育され、繰り返し民主主義、民主主義と言っている間に、いつの間にか憲法の平和主義と並んで日本古来の国是だと思い込んでしまっているようです。 表現は悪いのですが、日本人にとって「民主主義」は付け焼刃の思想の要素があることを指摘いたしたいと思います。それが証拠に、民主主義の基本中の基本の原則である「多数決」ひとつとっても、日本人の根強いコンセンサス主義との溝があることを日ごろ痛感いたします。 イラク国民に圧政を強いた独裁者フセインを倒し、イラクを民主主義国家にすることは、米国人にとってはそれ自体が命をかけてでもという大義でしょうが、多くの日本人にとっては、自衛官の命をかけて、また他国で武力を行使してまで頑張るべき大義とは思っていないように見受けられます。 そのことが悪いとか卑下することではなく、日本は国の歴史が古く、人種、宗教などで価値感の多様性を認める賢い民族であると、むしろ誇りに思うべきことかと思います。 今、国内の世論が二分されていますが、この「民主主義の伝道」という点についてだけ言えば、米国への忠誠心から自分の心を偽ってまで行動することが、後々まで後悔の種にならないようにすべきものと思います。 沖縄基地の使用は最大の対米貢献 3 日本がこの際協力しないと大変なことになると言う方がいます。しかし、沖縄県にある米軍基地を米国の意のままに使用させていることは、最大の対米貢献になっていることを、日本としてしっかり自覚しておく必要があると思っています。 |
| 2003.9.10 アジア4カ国で経済事情を調査しました |
|
進出日本企業の優秀さも認識 アジアの経済統合について調べる参議院特定事項調査団(4人)の一員として8月下旬、与野党の議員とともに韓国、中国(上海WTO事務所)、マレーシア、タイの4カ国を視察してまいりました。 主な目的は、二国間あるいは地域間の自由貿易協定(FTA)推進、模倣品にどう対処するか、国際観光の推進でした。 黄斗淵(ファン・ドゥヨン)通商交渉本部長(韓国)、ラフィダ国際貿易・産業相(マレーシア)、ゴーンポット通商代表(タイ)ら各国要人とお会いしたのですが、各国とも貿易の拡大に熱心で印象的でした。話し合いの中には農業の分野もありましたが、日本にとって農業は機微な分野です。米の自由化を例にとっても、価格が5分の1の中国や10分の1のタイと勝負は出来ませんので、出来るものから進めていこうという話を各国としてまいりました。 また、日本企業が奮闘している状況についてお話を聞いてまいりました。韓国では冨士ゼロックス仁川工場、上海では日東電工、マレーシアではデンソー・マレーシア、タイではタイトヨタを訪問したのですが、それぞれのご苦労に敬意を表しつつ併せて日本人が「ものつくり」において、こだわりと美的感覚等の面から優れているものがあることをしっかり認識できたことは、今回の視察で最大の収穫でした。 観光の振興については、サーズの影響がまだ尾を引いている状況や、各国が国の戦略として観光振興に取り組んでいる様子などを勉強いたしました。ちなみに、サーズの後、日本からの観光客だけは、まだ以前の数に戻っていないとのことでした。 今回のメンバーは、団長が関谷勝嗣議員(愛媛県選出)、自民党の同僚団員は北岡秀二議員(徳島県選出)、民主党の平田健二議員(岐阜県選出)でしたが、和気あいあいのなかに、それぞれ光る識見を発見して、私の座右の銘「人生我以外皆我師也」(宮本武蔵)を地で行く有意義な視察旅行となりました。 最後に、私は、かつて昭和50年前後に、タイ大使館に3年間勤務(警察庁から出向)したことがあり、その後も2回ほど訪問しましたが、観光地は訪れていなかったので改めて王宮、アユタヤ近くの離宮等々を見学し感銘いたしました。同時に、かつて訪れたそれぞれの国が、当時に比べて生活レベルを上げ国力を充実させてきたことも実感いたしました。 なお、蛇足ですが、私のタイ語(日常会話)が団員を驚かせました。 |
| 2003.7.30 第156国会を振り返る |
|
1月20日から190日間に及んだ通常国会が終わりました。私は、特に次のことに力点を置き活動いたしましたので、ご報告いたします。この間のご指導ご鞭撻に感謝いたします。 1 三位一体の改革促進 小泉改革の「地方で出来ることは地方に」という掛け声は良いのですが、地方軽視の傾向があると言われます。そういうなかで、国庫補助事業について国庫補助金を4兆円減額するとか、地方への交付税を減額するなどを改革の柱にすることが見えましたので、財源、税源委譲 を同時に実施してもらわないと地方はたまったものではないと、有志議員で強く主張しました。 片山総務大臣の強力な応援が出来たものと思っています。(おおむね妥当な結論になっているものと思われますが、今後とも注目していきます) 2 米改革大綱の推進 昨年決定された米改革大綱は、米余りの時代に米価の下落による農家の減収を防ぎ、農家が主体的に水田利用を工夫するようにするものです。しかし、これが4ヘクタール以上の個人農家、20ヘクタール以上の集落営農に主眼を置いていると説明されてきました。 これは地方の実情を無視するものだと主張してきましたが、このたびの結論では中山間地では半分の規模(個人は2ヘクタール、集落営農は10ヘクタール)、他も知事特認で8割方認めるというように緩和することになりました。産地づくり交付金もおおむね去年の水準を確保するほか、米対策予算総額も3000億円を上回る額を確保できる見込みとなりました。 3 有害鳥獣対策に力を入れています 各地でいのしし、さる等が農作物に対して大変な被害を与えています。自民党の対策議員連盟の幹部議員として、各種対策に力を入れています。 なかでも、狩猟の障害となっていた「ライフル銃に対する10年規制」を警察に緩和していただいたことは、これから皆様のお役に立つことと思います。 4 酒小売商の過度の規制緩和に反対 時代が規制緩和の流れの中にあるとはいえ、酒という特殊な商品を野放図に誰でも扱えるということにすると、免許制度の意味がなくなります。町の世話役であった酒屋さんが青息吐息の状態になっては、町全体の活性のためにも良くない。不当廉売を放置したまま規制を過度に緩和するのは不当である。そういう立場から、「誰でも商売をしても良いものなら消費税でも良いではないか。酒税なんかやめてしまえ」と国税庁酒税課長の前で強く主張し、皆の憤りを代弁いたしました。 薬販売に対する規制緩和も、不当であると熱っぽく頑張っています。 5 治安対策強化、刑務所改革 私の本業ともいうべき治安問題について、自民党内の会議でも大いに発言し、警察官増員、検察強化等の体制強化に努力しています。村岡小委員長は党内決定にまで持ち込み、首相官邸に強くアピールしています。 6 原子力発電立地地帯の振興に努力 この国会の終盤に、自民党電源立地調査会の地域検討プロジェクトチーム主査に任命されましたので原発地域の振興に努めます。 7 参議院外交防衛委員会委員長として 延長された国会の「イラク人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法案」の審議では委員長として、同法案の成立に寄与いたしましたが、委員会審議のなかの与野党議員の発言のなかで同法案のいろいろな問題点も浮き彫りにいたしました。自衛隊員が実際にイラクに派遣される際には、政府もいろいろと留意して間違いの起こらないようにしていただけるものと思います。 「アメリカの身勝手な戦争に協力することはない」 「自衛隊は本来、日本国土の専守防衛のために存在するものであって、イラクへ行って危険なことをする必要はない」 という議論も説得力はありますが、日本として国力相応の協力をする必要はある。また、今の世界情勢の中で超強大国アメリカとの協調なくして日本の存在もないという判断を小泉内閣はしたのですから、難しい判断ではありますが、実行の段階で知恵を十分に出してもらうしかないのではないでしょうか。 8 地域の振興にも全力投球 そのほか福井県内各市町村での公共事業実施をはじめ、北陸新幹線、舞鶴・若狭自動車道の早期完成にも渾身の力を込めて取り組み、皆様とともに今後とも頑張ってまいります。 |
| 2003.4.7 「行刑改革」に思う |
|
拘禁型刑務所へ制度変更を考えるとき 愛知県をはじめ全国各地の刑務所で、数多くの刑務官による悲惨な受刑者いじめ事件が続発しました。法務大臣は私的諮問機関「行刑改革会議」を発足させ、再発防止に取り組んでいます。私は警察庁在勤時代に、本部長就任の挨拶などで岐阜(昭和60年)、埼玉刑務所(平成2年)に赴いた際、私から所長に要請して刑務所内を見学させてもらいました。 そのときの印象などをもとに、行刑改革への私見を述べたいと思います。 刑務官に大変なストレスが 刑務所内の感想は @刑務所内が非常に秩序正しく管理されている。今風の時代としては「異常に」というべきかもしれないほどでした。 A暴力団だった受刑者が多い刑務所なのに、よくしつけている。100〜200人が作業している場所に刑務官は2〜3人だけ。作業に使う刃物もある職場で気苦労は大変だろうなと思いました。 B全刑務官が柔道訓練に真剣に取り組んでいるのを見て、護身として必要なのだと感じました。 C懲役としての作業種目は、景気のよい時代には受注仕事があるだろうが、不景気になると受注するのは大変だろうと思いました。事実、後日のテレビで刑務官の苦労として報道されていました。 こうした感想から「刑務官にかかっているストレスは並大抵ではない」と認識した次第です。 旧来型の矯正システムでは無理 九州管区警察局長時代に、徳川幕府九州直轄地の元締があったという日田市で聞いた話ですが、江戸時代には地方に刑務所がなく、斬首、遠島の重罪者を除いては、大商店主など町の世話役に預けて矯正させていたとのことでした。明治に入っても、受刑者を何とか周囲の善意のなかで矯正したいという熱意があり、日本独自の「秩序正しく刑務所内で仕事をし、仕事も覚える」行刑制度が発達してきたものと思います。 しかし、受刑者の数が増え、外国人受刑者も登場し、またなにより戦前型の日本人ではなく、今風の日本人(お上の権力無視、利己風潮で育った、肉食の多い欧米型体質の人種)が受刑者である以上、旧来型の矯正システムを守り続けることには無理が来ているのではないでしょうか。行刑改革を考えるときにこのような視点が必要だと考えます。 日本の刑務官が皆、そろいもそろってサディストだとは考えられません。しかし、各地でこれほど多くの事件が起きているのは、現在のシステムになんらかの大きな欠陥があると考えなくてはいけないと思います。 欧米タイプの刑務所へ 結論的に言えば、受刑者に作業をさせ、出所後の「手に職をつける」という日本的なうるわしい矯正システムを根本から見直し、拘禁施設としての刑務所にしなければならないのではないでしょうか。欧米の刑務所が現在、どのようになっているのか知りませんが、映画では拘禁施設としての刑務所の姿が見えます。 先日、最高裁で無罪判決が出された「ロサンゼルス日本人女性殺人事件」の三浦元被告は週刊誌に寄せた手記で、特別事件の服役者は一般受刑者と違う扱いを受けていたと書いていましたので、現状でも全員が同じ扱いを受けている訳でもなさそうで、併用型になっているのかもしれません。 現代の矛盾を押し付けられている 以上、私見を記させていただいた理由は、刑務所内のことを知っている国民が多くないこと、ましてや組織管理に経験のある私のような者の視察者はそう多くないので、視察したときの印象を皆さんに知っていただきたかったからです。 大臣や法務省幹部に、制度全体を政治的に抜本改革する知恵がどこまで出せるか? 刑務官を勤め上げてきた人に、長年なじんだ現在の制度、つまり自分のゆりかごをひっくり返す知恵を期待できるのか? 正直言って難しいのではないかと思うからです。 米国映画のなかの刑務所のように、受刑者は拘禁され時々運動するだけのシステムは、日本には合わないという意見もあるかと思いますが、刑務官に現代の矛盾を押し付ける制度をそのままにして、小手先の改革をするだけでは抜本的改革にならないと思います。 刑務官がストレスの多さから、収容者に対するいじめに走る傾向を無くすために、私のような目線が参考になれば幸いだと思う次第です。 |
| 2003.2.27 通常国会に臨んで |
|
景気回復へ、一日も早い予算成立に全力 1 平成15年の通常国会が1月末に始まり、まず景気対策・雇用対策などの補正予算を可決いたしました。衆議院で審議の始まった平成15年度予算は、3月初めには可決されそうです。 やはり80兆円規模の予算が可決されることが、日本の経済をスムーズに回転させる基本であります。 参議院でも鋭意審議を進め、一日も早く成立させたいものです。 外交防衛委員長の重責、国益守る外交を見守ります 2 私はいま参議院の外交防衛委員会委員長を務めています。イラク問題、北朝鮮問題は、現在の日本を取り巻く重要課題です。 日本の利益を守る外交とは何かを念頭に、議会活動としてしっかり監視する役割を果たしたいと思っています。 北のシルクワーム発射で露呈した防衛問題音痴ぶり 3 日本人の防衛問題音痴ぶりが2月25日、北朝鮮のシルクワームミサイル発射とその報道ぶりで、またクローズアップされました。 自国の安全まで他人に依存しようといわんばかりの態度では、外国からもあなどられるでしょうし、自国を守ることは出来ません。 第2次世界大戦の後遺症が大きいことは、終戦時に小学2年生だった私にもよく分かります。しかし、個人の生活でも自分の身は自分で守るという気概があってこそ守れるわけですから、ましてや自国を守る気概を失っては亡国の道を転落することになります。国民はいまこそ、このことを自覚しなければなりません。 新幹線乗り入れなど福井県の宿題は多い 4 地元福井県のことについては、地方税財源の確保、小浜〜敦賀間の高速道路実現、新幹線の福井県乗り入れ実現といった大きな課題があります。 ちょうど4月13日には知事選挙、県議会議員の選挙もあります。これらの問題にしっかりと対応する人を推薦したいと思っています。 健康で政務に取り組みます 5 松村個人としては、たまの余暇を囲碁などで過ごしていますが、なかなか良い成績を残せません。趣味と割り切って楽しみたいと思っています。 おかげさまで健康を保ち、先日は西日本一といわれる地元のスキー場で半日楽しみました。これからも元気いっぱい国政のため、また地元のためにがんばります。 |
| 2003.1.15 年頭のごあいさつ |
| あけましておめでとうございます。 平成十五年のひつじ年が皆様にとって幸せな年になることをお祈り申し上げます。 私も健康にて新しい年を迎え、今年もしっかり活躍したいと思っています。 各所で開かれた年賀会で多くの方々と語り合う合間に、ひまを見つけて二本の映画を鑑賞いたしました。 一本は「ギャング・オブ・ニューヨーク」、他の一本は「K19」です。 ギャング・オブ・ニューヨークは、アメリカの独立戦争後の間がない頃、ニューヨークに先住の白人グループと後から移住してきたアイルランド移民グループの勢力争い、ナイフやこん棒を使ってのけんかと親の仇を討つ物語でした。 一昨年九月十一日のニューヨークテロ事件後、アメリカがオサマ・ビン・ラーディンとアルカイーダグループをやっつけ、さらにイラクに戦争をしかける姿をみると、食うか食われるかの生存競争を異民族間で続けてきたアメリカ人の深層心理に思いをいたしたことでした。 また、K19は米国と核軍備を競うソ連が、核ミサイルを搭載した米国の原子力潜水艦に対抗して、新型のK19という大型原子力潜水艦を就航させ、その初航海で艦内の原子炉が事故を起こす物語でした。鬼艦長と乗組員のあつれき、原子炉事故を修繕するために放射能いっぱいの炉心の部屋に飛び込む乗組員の英雄的な行動、米ソ戦争を回避するために、米国近海で事故のK19を深海に自沈する艦長と乗組員の悲愴な決意などの物語でした。 参議院の外交防衛委員長という仕事柄、最新の軍事外交情勢に精通するためには、映画もなかなか得難い教材です。 日本人は本来穏やかな農耕民族ですので、狩猟民族である欧米人の本質的な考え方を理解することはなかなか難しい面がありますので、これまた映画などが大いに参考になると思っています。 最後に、拉致されて昨年帰国した福井県小浜の地村、浜本両氏の家族再会を皆様とともに祈念して、本年初頭のごあいさつといたします。
|
| 2002.10.22 大きな示唆を得た訪中 日中国交正常化30周年行事に参加 | |
| 松村りゅうじ議員は9月、北京で行われた日中国交正常化30周年記念行事に参加するため、訪中しました。
松村議員は幼少の時代を中国で過ごしたことがあり、日中交流にはひとかたならぬ思いを持っています。 北京では、日中経済交流に40年来の貢献を続けてきた中国人と懇談、その人の話が心に残ったそうです。 日中友好に対する松村議員の思いと、今回の訪中についてご報告します。
今年は日中両国国交が昭和47年に正常化されて以来30年になるので、これを祝して日中国交正常化30周年の行事が、日本と中国で展開されました。 この行事に関連して、日本からは2万人もの人が訪中しましたが、私もその一人として9月に北京を訪ね、記念植樹や人民大会堂での行事に参加しました。 私の一家は終戦の昭和20年まで中国の青島に20年間にわたりいたことがあるので、日中友好には深い関心があり、今回の中国訪問は感慨深いものがありました。 江沢民国家主席は挨拶のなかで、「歴史を鑑(かがみ)として未来を拓こう」と語っておられました。日本側の代表(橋本元総理、その後の東京の行事での小泉首相発言)は、単に将来の友好を述べるだけで、歴史について語ることが無かったのは思慮と配慮が不足ではないかと思いました。 短い北京訪問の中で私は、日中経済交流に40年来貢献してこられた中国人に紹介されました。その方のお話は、「中国があまり過去の話を強調することは、両国のために良くない。ただ、日本人は中国大陸で戦時中に何があったかを、正確に知ってもらいたい。忘れてもらっては困る。一方で、日中間で前向きの努力の数々があることを強調したい。私はこの40年間日中の交流友好のために涙ぐましい貢献をした数多くの日本人と中国人を知っている。一つひとつ話をすれば2日2晩あっても足りない。未来に目を据えて日中関係を増進することが、東アジア、アジア、世界の平和のために重要だと確信している」というものでした。 また、経済問題については「日本人は信用性が大きく、仕事がしっかりしていることには定評がある。しかし、諸外国の企業がそれぞれの国をバックにしているのに比較し、日本は企業と国が一体的に行動せず、みすみすチャンスを逃がす場面が見られる。そして、日本の企業は決断に時間がかかり過ぎるきらいがある」と熾烈でグローバルな競争時代の日本のあるべき姿についても指摘をいただきました。 短時間の交流ではありましたが、この経験は私の政治活動にとって大変多くの示唆をいただきました。 今後とも皆様と日中交流の強化ひいてはアジアの平和、世界の平和のために目を大きく見開いて努力いたしたいものと思います。 |
| 2002.7.16 野生鳥獣による農村被害が増加-実用的な「ライフル銃免許」など質す |
|
福井県内はじめ全国各地でシカ、猿、イノシシなど野生の鳥獣による農作物、林業被害が増えています。松本龍二議員は平成14年7月16日、参議院内閣委員会で、こうした鳥獣被害への予防対策を質しました。 野生鳥獣を捕獲することについて環境省は、人と動物の共生を目指しながら取り組んでいますが、これらの野生動物が増えすぎて人の生活を脅かすのは問題です。 山下栄一環境副大臣は、「福井県では来年度に特定鳥獣保護管理計画を策定する」と答弁しました。この管理計画はシカが主体になりますが、必要数だけ捕獲できるようになり、被害防止に役立ちます。 また、村井仁国家公安委員長は、ほとんど許可されていない狩猟用ライフル銃の免許について「猟の実態に見合うよう研究したい」と制度改正に前向きな答弁をしました。 (詳細は議事録をご覧ください) |
| 2002.6.18 近畿自動車道小浜西―舞鶴東は今年度中に開通 |
|
松村りゅうじ議員は5月21日、参議院内閣委員会で道路関係4公団民営化に伴う問題点や懸念を質しました。 松村議員は、高速道整備計画が凍結された場合、地元には大きな影響が出ることを指摘、民営化のための民営化ではなく、真にメリットのある民営化を図るよう求めました。 特に近畿自動車道敦賀線の全線整備について、敦賀港の整備も含めたネットワークづくりの視点からも急務であると指摘、本四架橋公団の債務などがしわ寄せして支障を来すのではないかと危惧を表明しました。これに対し石原行政改革担当大臣は「そうした批判に応えられるよう適切に対応したい」と答弁しました。 近畿自動車道敦賀線について、国土交通省の大石道路局長は「小浜西―舞鶴東間25qは14年度中の開通を目指しており、小浜西―敦賀間50qについても用地買収を進めている」と説明しています。 今後の高速道整備計画は、4公団民営化推進委員会が大きな役割を果たすことになり、松村議員は「委員7名の人選が重要なポイントになる」と特定の分野・利害に偏らない人選をするよう求めました。 (詳細は議事録をご覧ください) |
| 2002.6.7 政治に”論理性”、”倫理性”、”若さ”を! |
| 今年の政治の荒れ方は、明治維新もこのようであったかと思わせるものがある。 瀋陽総領事館への北朝鮮人5人の駆け込み事件とその処理の不手際。 スキャンダルにまみれた鈴木宗男衆議院議員が議員を辞職するのかどうか。 田中真紀子衆議院議員の秘書給与疑惑事件。 井上参議院議長秘書逮捕に続く議員辞職。 以上の国会議員不祥事や国政上の不手際に国民はあきれている。また、出口が見えない経済的不況、中国の追い上げ、日本の国債格付けの降下にイライラがつのっている。 私はここで日本の政治に”論理性””倫理性””若さ”を求めたい。 論理性とは言うまでもなく、1+1=2、2+2=4という明快な論理性である。政治の世界では1+1=5と誰かが言うと、それが上司であればなおさら、その人に恥をかかせてはというおもんばかりから黙して認めるといったことが往々にしてある。鈴木宗男氏の議員辞職勧告を、スキャンダル報道だけでは動けない、次に秘書が逮捕されると本人ではないから、また議員の資格は重いから、さらに本人の家宅が捜索されると黙してしまうというのでは、論旨が一貫しないというそしりを受けても仕方がない。 瀋陽総領事館のケースでも、あるときまでは領事館の不可侵権を侵害したことに謝罪を求めていたのに次の瞬間から人道的見地の行動を求めるのでは、請求される側も目を白黒することになる。いつもあいまいな論理性を無視したあいまいなことに慣れていると自分がおかしなことをしているかどうかにも気がつかなくなってしまう。 英語の世界は、イエスかノーがはっきりしている。イエスであってノーということは原則としてない。しかし日本語は助詞をいじったりいろいろ工夫するとイエスともノーともとれる文章ができる。日本の政治も論理性が必要である。 倫理性については、小学校の子供にも笑われることについては恥ずかしいという気持ちをもつようにしなければならないということである。日本では建前では形を整えるという世界が最近まであった。本音と建前の乖離に対してとの批判もあるが、恥の心をなくして建前すら取り繕わないという世相は具合が悪いといわざるをえません。 若さについては、多くを申し上げる必要はないと思います。 |
| 2002.4.24 繊維産業に朗報! 特別対策枠新設、「委託加工減税制度」の対象品目に追加 |
| 松村りゅうじ議員は3月11日、参議院予算委員会でトップを切って質問に立ち、経済対策や農業政策などを質しました。 この日は衆議院で鈴木宗男議員の証人喚問が行われたこともあり、外務省改革についても外務大臣の決意を尋ねました。 松村議員は景気対策、中でも繊維産業の空洞化対策について平沼経済産業大臣の考えを質し、平沼大臣は「繊維中小企業のために特別対策枠を設けたので、有効に使って欲しい」と答弁しました。 また、平成14年度から「委託加工減税制度」の対象品目にニット製衣類が追加されるとの答弁も得られました。「委託加工減税制度」は、日本から輸出された原材料を加工して製品を逆輸入する場合、原材料相当分の関税を軽減する制度で、生地の輸出促進と国内繊維産業の活性化につながるものと期待されています。 兼業農家に目を向ける農政も大臣が約束 松村議員はまた農業政策に関して、兼業農家の育成にも目を注いで欲しいと求めました。これに対し武部農林水産大臣は、集落営農や健康生きがい型農業政策を充実していきたいと答えました。 (詳細は議事録をご覧ください) |
| 2001.9.20 参議院憲法調査会で欧州視察 |
| 9月11日にニューヨーク、ワシントンにおいて、大変な同時テロ事件が発生いたしました。私はロンドンに参議院海外派遣特定事項調査第一班(憲法調査)の一員として滞在しておりましたので、日本に帰国出来るか心配もいたしましたが、無事帰れたのは幸いでした。テロ問題については稿を改めます。 ドイツ、スペイン、イギリスの3国を訪問し、日本との比較で興味深いことを学ぶことが出来ました。 ドイツとの関係では、ドイツが基本法という名称の憲法を戦後48回改正した事情。連合国から押しつけられて制定されたという意識の有無。参議院の構成が連邦の首相、大臣4〜6人の集合体であること等が斬新な発見でした。 スペインとの関係では、戦後1978年の新しい憲法の人権条文のありかた。日本と同じような国王を持つ国の国王の権限の規定と実際。 イギリスでは、成文憲法を持たなかった事情。最近の憲法典制定運動。憲法典をつくる際には、貴族は法の下の平等という近代人権の原則からどのような扱いになるのか等つっこんだ意見交換をいたしました。将来、憲法問題を検討する際に参考となる重要資料を入手してきたものと確信いたします。 私個人にとっても興味深い示唆を得ました。それはロンドン大学のヘーゼル教授との話のなかで、「自分の研究では、憲法は@ 革命、A 敗戦、B 植民地からの独立、C ソ連のように前政権の崩壊、以上4つの場合に新たに制定されるものである」との話からでした。このことが正しければ、敗戦で憲法を制定した日本は、上記4つにあたる事情が起きなければ、憲法典を全部作り替えることは出来ないということになります。即ち全面改正を考慮せず、部分改正が実際的な道なのではないかということです。 いささかこじつけの話になりましたが、一見違う各国の憲法について、お互いが話しあえることを発見した旅となりました。 なお、現在の日本は経済の困難さから全体が内向きになって、平常の欧州各国とのつきあいが粗略になってきているとの心配を持ちました。現在のテロ対策をとっても、平常のつきあいの中に実りある協力関係がつくれるものと思います。 |
| 2001.8.22 選挙を終えて |
| 皆さんようやく参議院議員選挙が終わりました。福井県民24万票の力で当選させていただいた重さをよく噛み締めて、今後の政治生活を送ります。 選挙中は、新聞社等から数々のインタビューをいただきました。
選挙は2回目ですが、本当に多くの方のお力をいただきます。選挙のあと限られた時間のなかでごあいさつにあがらなければと努めていますが、もしまだ松村議員が来ないということでしたら今後の政治生活を真摯に取り組むことで対応するのだろうとご寛容のほどもお願い申しあげます。 また、いまやITの時代です。私もようやく選挙も終わり、本格的にインターネットやメールに対応いたしますので、ご活用のほどお願いいたします。 臨時国会は9月27日から始まり、小泉改革の実践が始まります。そのための底流の動きもありますので東京の動きをフォローいたします。 なお、9月5日から8日間参議院憲法調査会として各会派一名ずつの参加で、ドイツ、スペイン、イギリスの憲法事情視察団に参加を命ぜられましたので、行ってまいります。 8月22日朝、台風が甚大な被害をもたらさなかったことを感謝しつつ
|
| 北陸の繊維業界を圧迫する対中融資 |
| 国際協力銀行の措置を質す 松村龍二議員は5月30日の参議院予算委員会で質問に立ち、国際協力銀行の中国プラント向け融資は、北陸の繊維産業界を圧迫するもので、「敵に武器を贈るものだ」と、政府の対応を質しました。 これに対し平沼経済産業大臣は「今回の融資は、事前に知る立場になかった。残念だ。国際協力銀行に対し、繊維分野の融資は中国向けに限らず、従来以上に慎重な配慮を行うよう要請した」と答え、経済産業省としても今後、北陸の地場産業が新製品開発、販路開拓できるよう力を入れていくと述べました。 問題の融資は、中国・湖北省の繊維プラント建設費として72億円を融資するもので、プラントは2004年12月に完成、生産能力は4万トンと言われます。中国の合成繊維糸生産量は約630万トンで、日本の役4.4倍に達しており、国際競争力を増大させています。 国際協力銀行の保田総裁は「新プラントの生産品はすべて中国国内で販売される」と答えましたが、松村議員は「中国が将来、絶対に輸出しないという保証はない」と厳しく糾しました。 ![]() カレンダー業界の悩みを指摘 松村議員はまた、「敬老の日」と「海の日」を月曜日に移すハッピーマンデーの改正・実施について、「カレンダー業界はすでに来年のカレンダーを印刷している。実施は14年からにすべきだ」と質問、扇国土交通大臣(保守党総裁)は同意し「みんながハッピーになれるよう話し合っていきたい」と答弁しました。 ちなみに、このことは後日、14年度から実施されることになりました。 |
| 聖域にもあえて目をむけよう 政策研究誌に寄稿 | |
松村龍二議員は、『21世紀の日本の政治』について、清和政策研究会の21世紀政策誌「Policies in Harmony」第4号に寄稿しています。この中で松村議員は「現在の日本経済から見て、13年度の防衛費は分を過ぎていないか」と指摘、聖域にあえて目を向け、斬新な視線で政治を行うことが21世紀の日本の発展につながることを強調しています。
私は本年3月の衆議院予算委員会で約1時間の質問をした。私の最後の質問は財政の健全な姿についてであった。政府は、財政再建に関しては今は景気対策最優先で、それに専念して世の中の景気が回復基調になってから考えるというのであるが、心ある国民は巨額になった財政赤字が将来暴発するのではないかと心配している。政治家たるもの、このことに頭をめぐらせることは当然で、むしろこのことを真剣に考えない政治家は政治家失格であろう。 私は、本年の予算書を眺めていると、防衛費が巨大であり、日本国家には過ぎた額ではないかと防衛庁長官に素朴に尋ねた。公共事業費が9.4兆円、教育費が5.5兆円、農林水産費が3.5兆円、中小企業費が1900億円と並べていくと、防衛費が平時なのに4.9兆円約5兆円というのは大変に大きな数字である。私は治安関係の役所で育ち、防衛庁にも勤務したこともあるので防衛を強調する気持ちは人一倍である。 しかし、国としての予算のバランスもまた重要であると思う。 さらに私が指摘したのは、基本的研究の段階から近い将来に採用が検討されることになっているBMD(外国からのミサイル攻撃に対してこれを打ち落とすミサイル)についてである。現在でこそ、20億、30億の予算であるが、一旦本格装備となるとイージス艦ワンセットで2兆円である。 金額もさることながら、これで何を守るのかがしっかり検討されていなければならない。守るのは東京か大阪か京都か、あるいは三沢基地か、横須賀の米原子力空母か、沖縄か。日本人は大きな判断を自分の頭で考え納得することなしに人任せにする傾向が強い。BMDは外国からのミサイル攻撃から日本を守る唯一の手段という説得に簡単にうなずいてしまうが、日本の街を守るよりも米軍の基地を守ることに重点があるものであるとしたら、その出費は破綻に瀕する日本財政の負担に耐えられるものだろうか。 私は外国で生活したこともあり、日頃世界と日本を比較して観察してきたが、日本人は一流好みの民族で、また一例をあげスポーツの種目を見ても分かるように、世界の国々すべての種目をマスターしたがる。そのような傾向は世界のどの国よりも顕著であると思っている。そのような意欲があるからこそ、日本がこのような発展をしてきたことは間違いのない事実であるが、ここで私はものには分というものがあるということも指摘したいのである。 個人の生活でも豪邸に住み、家具のソファーは革張りで、衣料はブランド品でそろえ、自動車はベンツか他の外車、そして一家がグルメで一流レストランで食事、しかも外国旅行が好きということは余程の金持ちでないと出来ないことである。しかも、その生活が消費者金融からの借金で支えられているというのではお笑い草ということになる。今の日本の財政を見ると、このような心配をしたくなり、防衛の例もその例として指摘したものである。 アメリカとのつきあいが大切とは言え、日本の防衛は、高価な兵器によって守られるものではなく、自分の国を守るという気概をすべての国民がもっているかどうかによることも声を大にして叫びたい。20年以上も前に、アジアのなかでただ一つ独立を守りつづけてきた国タイに3年生活していたときに、このような実感をもった。 21世紀の日本の政治は、聖域にあえて目を向け、斬新な視線で勇気と決断をもって日本民族の発展のために展開したいものである。 注1: アジアのなかで「ただ一つ独立を保ってきた国」はタイの他にも日本があると不審に思う読者がいるかも知れません。日本は昭和20年から6年間連合軍の占領下にあり独立を失っていた国だと世界の人は思っているのです。 注2: もし外国のミサイルが核弾頭を積んでいまにも我が国に向け発射するという状況があれば、なにも天文学的金額のBMDで打ち落とすまでもなく、急迫不正の侵害から自分を守るというまさに自衛のために、そのミサイル基地を米国とも相談の上自衛隊機が飛んで行って破壊するという道があるのではないかと私は考えています。(平成10年12月の決算委員会で質問済み) |
| 北陸地方の豪雪被害対策など質す | |||||||||||||||||
| 3月8日の参院予算委で質疑 松村龍二議員は平成13年3月8日、参議院予算委員会で自民党代表として質疑を行い、農業問題や国の財政建て直しなどを質しました。 質問は次の8点で、答弁内容は「議事録」ができ次第、掲載します。
|
| 2001.2.21 ホームページ開設にあたって |
IT時代に入ってかなり時間が経ちましたが、私もようやくホームページを開設いたしました。皆様とのブリッジが出来たことを喜んでいます。よろしくお願いします。 私は、常に「人生我以外皆我師也(人生において、自分の知っていることは限られている。自分以外の方は皆自分の師として仰がなければならない)」と考え、座右の銘としていますので、いまこうして皆様から教えを受ける太いパイプが出来たことをうれしく思っている次第です。 私はまた、政治にあたる姿勢としては、「金も要らぬ、名も要らぬ、命も要らぬ男でなくては大きな事は出来ない」という西郷隆盛の言葉を手本として、日々精進しています。皆様から国政の場に出していただいたことを天命(ちょっと大げさですか?)と心得て、ひたすら公僕として邁進いたしております。「公私混同」「私腹を肥やす」という言葉は皆様と同様、私も一番嫌いな言葉です。いま数々の汚職事件が国民の気持ちを暗くし、憤慨させていますが、私には無縁のこととご安心ください。 自民党の評判が悪い、もう我慢が出来ない、縁を切るといったお叱りを私も受けます。私はこのことについては、小泉純一郎氏が言うように、ひとりふたりを排除して事を済ます問題ではない、解党的出直しをはかる気持ちであたらなければ、国民の信頼を再び受けることは出来ないと考えています。また、外務省機密費の横領事件は根の深い問題だと認識しています。外科手術が必要でしょう。タイミングをみて私も行動いたします。 また、原子力潜水艦に沈められた「えひめ丸」の悲劇に関しては、日本がその外交力を試されている重要事件と考えます。私は公務員時代に日本国内の米軍基地を数多く見てまいりました。日米安保は必要と思いますが、基地に関して言えばこれから先100年でも500年でも外国の基地を日本に置いておいてもよいのでしょうか。未来永劫置くものでしょうか。沖縄基地の米軍司令官から沖縄県知事がのろまと言われることに何も感じないような日本民族では、腰が抜けてしまったと言われても仕方がないでしょう。私は健全な民族主義に立ったガッツのある日本の政治を実現したいと思っています。 何とぞよろしくご指導ご支援のほどお願いいたします。
|
| 2001.01“RYU”の第4号が発行されました。 |
| 松村りゅうじ国政レポート、“RYU”の第4号が発行されました。 このホームページ内の「記録集」に過去のバックナンバーと共に掲載してありますので、どうぞご覧になって下さい。 |